スポンサーサイト

  • 2019.10.08 Tuesday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    1983年 7月 3日、フィレンツェにいた。

    • 2019.07.11 Thursday
    • 15:26

    JUGEMテーマ:イタリア

    36年前、1983年 7月初旬、僕はイタリアにいた。とりあえず、まずは一昨日のブログからそのままコピペ。同年 4月26日に横浜港で船に乗り、バックパック一つで日本を発って、当時のソ連、今のロシアのナホトカに渡った。2泊3日の船旅だった。その後、鉄道でハバロフスクに移動、ハバロフスク、イルクーツクに 1泊ずつ泊りながらシベリア鉄道の計7泊8日の旅でモスクワに着いて、同地に確か 2泊、それから先は、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、ドイツ(当時の西ベルリンを含む西ドイツと東ドイツ側の東ベルリン)、そしてフランス、スイス、当時のユーゴスラビア(現在のセルビアの首都ベオグラード)、更にオーストリア(ウィーン)を旅してから、イタリアに入った。手元にある写真を見ると 6月30日にウィーンで撮った写真があり、その次は 7月1日のヴェネチアでの写真になる。イタリアでは、ヴェネチアの他は、フィレンツェ、ローマに滞在し、その後、長らく火山灰に埋もれていた古代ローマの都市ポンペイの遺跡、更にナポリを訪れた。 Facebook 上のアルバム

     

    7月3日はフィレンツェにいた。フィレンツは英語で言うところの Amazing って感じだろうか。博物館があるというより、街全体が博物館といったレベル。美しい街だった。

     

    思い出話を少し書きたい気もするけれど、フィレンツェつながりで、この後のブログではガリレオ・ガリレイのことを書こうと思ってる。昔々の人ですね、1564年2月15日のフィレンツェ生まれ、そのフィレンツェで、ローマ法王庁異端審問所の宗教裁判にかけられた人。E pur si muove. / And yet it moves. それでも動く。それでも地球は動く。それでも地球は回っている。それでも地球は動いている。1642年1月8日に亡くなっています。現代科学の父、16世紀から17世紀を生き、結果として宗教の石頭、偏狭さと闘った人とも言える。偉大な人です。

    フィレンツェ駅だったかな、これは。フィレンツェは街全体が博物館フィレンツェは街そのものが博物館

    スポンサーサイト

    • 2019.10.08 Tuesday
    • 15:26
    • 0
      • -
      • -
      • -
      コメント
      コメントする








          

      PR

      calendar

      S M T W T F S
      1234567
      891011121314
      15161718192021
      22232425262728
      293031    
      << December 2019 >>

      selected entries

      categories

      archives

      links

      profile

      search this site.

      others

      mobile

      qrcode

      powered

      無料ブログ作成サービス JUGEM